ペンと剣は戦わない

生きていくために俺はあと何を犠牲にすればいい?

女神さまと初音ミク

 「殺す殺す殺す殺す*す殺す殺す殺す殺す殺す*す殺す殺す*す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺*殺す殺*殺す殺す*す殺す殺す殺す殺す殺す殺す*す殺す殺す殺す殺す殺す*す殺す殺す殺す殺す殺す殺す*す殺す殺す*す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す*す殺す殺す殺す殺す殺す*す殺す殺す殺*!!!!!!!」

 

 少年は初音ミクに向かって意味不明な奇声を発しながら刃物を振りかざす。ある時から少年はもうずっとこんな調子だ。少年が中学生になってすぐのころに、初音ミクといった存在が一般のオタクに認知され始め、瞬く間に少年はそれの虜になった。魅力的な歌声は人間の歌声に飽き飽きしていた少年の耳に新鮮に聞こえ、また各種イラストレーターが描いた初音ミクのイラストは少年の創造意欲をかき立てるのに十分であった。いつしか少年は初音ミクに憧れ、また恋をするようになっていた。その勢いはオタクのいうところの「嫁」などよりはるかに重い、ある種狂気的な信仰ですらあった。彼は初音ミクのことを女神様、と呼ぶようになった。

 ところが、初音ミクのほうはそんな愛を向ける少年のことを見向きもせず、ただ歌を歌い続けるのみであった。それはそうだ、初音ミクにそんな機能は存在しない。存在するわけがない。大多数の人間なら少し考えればわかる話である。そもそも初音ミクが僕らを振り向くことはない、彼女は人間には振り向かない、と。しかしながら、この少年はもはやそれすらわからなくなっていた。初音ミクは機械でも人間でもない、女神様だ、女神様なのだからきっと僕のこの思いに応えてくれるーーーー少年はそう信じて疑わなかった。ある意味少年は幸せだった。

 三年後も、いや五年後も少年はこんな調子であった。すでにある意味少年の人生は巻き返しが難しいレベルにまできていたし、このままいけば何かしらの処置を施せざるを得ないだろう、という意見で周囲の大人の意見は一致した。子供がサンタクロースを信じるのとはわけが違うのだ。

 その一方で、初音ミクのブーム自体がほぼ終わるようになっていた。各種動画サイトを見ても新曲の数自体がだんだんと減っていき、初音ミクはコンテンツとしての終焉を迎えるようになっていた。これはどうしたことだ、と少年は思った。僕がこんなに愛しているのになぜその歌声を聞かせてくれないのだ、こんなことはおかしい、ありえない!やがて、初音ミクは僕を捨てたのだ、という思考に少年が行き着くまでにはそこまで時間はかからなかった。

 自分をここまでしておいて裏切られた怒りと絶望は少年に、初音ミクを殺そうと考えるだけの十分な理由を与えていた。彼はまず初音ミクのグッズすべてを破壊し、やがて初音ミクそのものを殺す段階へと進んだ。

 朝から晩まで少年が刃物で初音ミクを斬る、血が出る、さらに少年は奇声を上げながら初音ミクを斬り刻む、みじん切りに初音ミクがなったところで、ようやく少年は満足し、眠りにつく。もちろん血など現実には一滴も実際にはこぼれていない。初音ミクなど、そもそも現実世界には存在しないのだから。